
今朝は昨日のFEELCYCLEの影響で足の筋肉痛がひどいです。
とてもよい方向に向かっていると思います。
先日、高校の同級生と同窓会をしました。
高校3年生の頃に僕が一番仲のよかったM君が先に到着するとのことで、まずは二人で飲むことにしました。
歌舞伎町のドンキ前で待ち合わせして、M君を見つけた瞬間に脳裏に閃いたのは「おじいちゃん」というワードでした。
顔はシミだらけ、目尻はシワだらけ、ガリガリの体にヨレヨレの服。
クラスで一番のイケメンの見た目の変わりようにびっくりしました。
僕は思ったことをそのままいうので、M君に「めっちゃ老けてるやん、おじいちゃんか」と言ったら、「お前もな」と言われ、ハッとしました。
さすがにM君ほど老け込んではいませんが、自分のことは毎日見慣れているからわからないだけで、時々しか会わない他人から見たら僕も老けて見えているんだと思います。
ちなみにM君は優秀な獣医師なのですが、仕事の理想を追求するあまり収入とプライベートをトレードオフしていて、全然生活にかけるお金と時間がないのでめちゃくちゃ老けているのだと思います。
僕は仕事のやりがいなんて一度も感じたことがないので、誰かのために頑張れるM君をリスペクトしています。
その後、他のクラスのメンバーが集まりましたが、とても太っていて仕事と子育て以外特に何もしていなくて特に話題もないという感じでした。
親としての責任を果たすことは素晴らしいと思いますが、僕は彼を見て「これはヤバいな」と思いました。
アラフォーにして実質的にもう死んでいるわけです。
決してディスっているわけではなくて、自分に対する問題提起です。
語弊のある言い方ですが、「仕事と家庭を言い訳にする」と経験者からは納得できて共感も得られるかもしれないけれど、僕はそれでよいと思えませんでした。
「18歳くらいの頃の感覚」にアンカリングして、新しいテクノロジーやカルチャーに順応して知識をアップデートすることで社会に参加し、美意識を高く維持することで自信や自己愛を高めるべきだと思いました。
なぜかと言えば、単純に人生を楽しむためです。
最近突然FEELCYCLEに通い始めたのもコレがきっかけになったのだと思います。
アパレルやアクセサリーにもお金を使うようになりました。
歯列矯正も始めたし、来週はシミ取りにも行きます。
確かに子供は最も大切で自己犠牲を伴っても伴走し、更に次の世代にバトンを手渡すための補助をしたいとは考えますが、それと自分の劣化とは関係ないと思うんですよね。
- やりたいことをやらせてあげること
- 不自由なく生活させてあげること
- 大学卒業までの教育費を用意すること
- 日常的にそばにいてあげること
- 先人としての知恵を与えること
親としてはシンプルにこれだけ与えて、あとはお互い自分の人生を過ごせばよいのではないかと思います。
子供のための自己犠牲が100%になってしまうと、「自分がどうしたいか」が「子供をどうしたいか」に代わって子供に依存することになってしまい、健全な関係を築くことが難しくなって、双方にとってよろしくない気がします。
「ここまではしてあげる」という一定の線引きをし、そこを満たしたらそこからは自分のために時間とお金を使って自分を「18歳くらいの頃の感覚」まで引き戻してあげることが望ましいのではないかと思います。
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