僕は基本的に他人に好かれないタイプなのですが、特に中学生2~3年生の頃は本当に友達がゼロというような状態でした。蓄膿症による口呼吸の影響なのか頭が回っていなくて、とんでもない無能だったので嫌われたということが一番の要因だと思いますが、単純に性格も悪かった気がします。
自分の性格の悪さを感じるエピソードのうち一番印象的なものは、小学5~6年生くらいの頃にN君のおじいちゃんちに遊びに行った思い出です。
僕はN君と言う地元の名士の息子と仲が良く、しょっちゅう遊んでいました。うちはお金持ちではなかったので、親からの誕生日プレゼントも3,000円くらいが限界のイメージでした。スーパーファミコンのソフトは1万円くらいしたので、ほとんど買ってもらえず、年に1本じいちゃんに買ってもらえたら歓喜するレベルでした。N君は僕の妹の誕生日に、1万円を超えるぬいぐるみを買ってきてくれました。その時は純粋に感動し、N君のことが大好きになりました。その後も、N君の父が出席するパーティに参加して食べたことのないマンゴスチンなどの果物を食べたりとか、N君の父が経営する料亭でジンギスカンを食べたりとか、N君の家で大量のスーパーファミコンソフトの中から好きなゲームをしたりとか、うちの家庭では体験することができないことをたくさんさせてもらいました。いつの間にか僕は、N君を経済的に利用できる存在として見るようになっていました。もちろん悪気があってではなく、頭が悪くて気が回らなかったのです。
あるとき、N君と仲の良い別の友達のS君と一緒にN君のおじいちゃんちに遊びに行くことになりました。そして、近くの遊園地に連れて行ってもらうことになりました。そこで、N君のおじいちゃんは僕に「これで乗り物に乗ってね」と利用券を手渡しました。僕は何を思ったのか、N君とS君にも数枚は分けてあげるけど、僕がもらったものであるから僕のものだという主張をしました。本当に胸糞悪い話ですね。N君のおじいちゃんはみんなで使うようにとたまたま近くにいた僕に手渡したのであろうと容易に想像できます。また、くれたのはN君のおじいちゃんですから、誰のためにくれたかといえばN君しかありえません。当時はそんなことすら思いつくことができませんでした。普段お金を手にすることがなかった僕は、自分のものでもない金券を握りしめて守銭奴のように振舞ってしまいました。
それからN君とS君とは次第に距離を感じるようになりました。N君との関係を完全に失ったのは、中学2年生になるあたりでした。彼はイケメンだしスポーツもできたので、同級生と交際したりするようになり、無能でモテないどころか女子と喋ることもままならなかった僕のことをダサいと思うようになったのだと思います。僕はN君は遠くに行ってしまったと感じ、特に追うこともしませんでした。同級生のイケメンや美女の顔立ちや行動がなんだか大人びていて怖かったのと、無気力な僕にはスクールカーストの末端が心地よかったのです。
最後に遊んでいた頃、中学1年生の年始にお年玉をもらって一緒に近所のデパートにおもちゃを買いに行った思い出があります。N君はお金をもっている人として周囲の中学生・高校生に目を付けられていました。その日、N君と合流するとN君は大泣きしていました。N君はデパートに到着するや否や、屋上に連れていかれてカツアゲされてしまったというのです。被害額は10万円以上と聞き、かわいそうだねと言いつつも、心の中はどこか他人事でした。僕が持ってきたお金はせいぜい数千円でしたが、かわいそうなN君にお金を分けてあげることは当然しませんでしたし、何かを奢ってあげたりすらしませんでした。
また、中学2年生になってN君とすっかり遊ばなくなってから、N君のお父さんが突然亡くなったことを聞きました。事業が失敗し、首つり自殺したとのことでした。N君はその事実を知ったとき、泣きながらS君に電話し、S君は親身に寄り添ってくれたそうです。僕はN君と直接連絡を取ることもなく、葬式に参加し、焼香の際にN君と目が合い、一瞥しただけでした。その時のN君の表情は、遠くに行ってしまう前のもので、再び親近感を感じた記憶があります。
その後、N君の実家が売却されたとか、事業を引き継ぐのはN君の親族になったとかを間接的に耳にし、N君の家が苦しい状況を迎えているのを知りました。それからN君は荒れてしまい、同級生の骨を折って退学しました。その後、N君が文化祭にお礼参りにやってきて土足のまま上がって揉めた話を聞きましたが、そこでぱったりN君の消息は不明になりました。
振り返ると本当に僕は性格が悪かったと思います。自分の経済的利益のことばかり考えていたし、あれだけよくしてくれたN君に対してつらいときに寄り添うという発想すらありませんでした。僕が抗弁する余地があるとすると、僕が性格が悪かったのは、病的に頭が悪かったからだと思います。鼻中隔湾曲症で左の鼻の穴は機能していないうえに、重度の蓄膿症で常に完全に鼻が詰まっており、完全に口呼吸で頭が回っていませんでした。体も歪み、いつも首を傾げていて、顎を突き出し、背中は丸く、頭はいつも靄がかって、ぼーっとしていました。保健室の先生からは歩き方がおかしいけれど大丈夫かと言われていましたが、自分の体に対する感覚も鈍くてどこがおかしいのかすらよくわかりませんでした。僕の部屋には鼻をかんだティッシュが散乱し、脱いだ服を片付けることすらできませんでした。学校や塾には持っていくべきものを忘れ、今度は持ち帰ることを忘れ、学校の勉強には全くついてくことはできず、本を読んでも文字が頭に入ってこないし、趣味だったゲームすら上手じゃないし、他人の気持ちもわかろうとも思わなかったし、自分の利益のためにしか行動できませんでした。頭が悪すぎて自分自身すらほとんど管理できておらず、虫とか動物みたいな知性だったと思います。
以下の記事にも書きましたが、高校生になってから呼吸法や姿勢の改善を行い、そこから僕は人間として成立するようになりました。

今になってN君のことがずっと気になっています。元気にしているのでしょうか。別に謝ろうと思っているわけではありません。彼のことは好きだったし、今なら小学生の頃のように対等に話せるような気がして、また友達になりたいと思っています。数年前に正月に実家に帰省したとき、N君の家があったあたりを自転車でぐるぐる巡りました。小学生の頃の記憶なので正確な場所は覚えていませんが、そのエリアをくまなく探してもN君の家はありませんでした。
今年の9月に中学校全体の同窓会があるそうです。陰キャだった僕には過去に個別に行われたであろう同窓会は声をかけられたことがないし、今回の全体合同同窓会も転送の転送で連絡が辿り着きました。グループLINEには今のところN君はいませんでした。当日もいないかもしれないけれど、誰かがN君について知っているかもしれません。残りの人生のどこかでN君に再開してみたいと思っています。
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