僕は集団行動が苦手で通常の学校生活すらままならなかったので、中学生になっても部活に入ることなんて毛頭考えてもいませんでした。
ところが、母は僕の弱点を克服させようとしてか、運動部に入部すればB’zのPleasureというアルバムを買ってくれるとの約束をしたので、僕は水泳部に入部することになりました。
僕はロックバンドは好きではないのですが、Xファイルという当時流行っていたミステリー系のテレビドラマの主題歌がB’zのLOVE PHANTOMだったので、それで興味を持ったのだと思います。
Pleasureのためだけに入部したので、部活自体は全然やりたくありませんでした。
僕は当時常時口呼吸で猫背で首をかしげているという歪みまくった体だったせいだと思うのですが、運動がとてつもなく苦手で、それなりに練習しても全然できるようになりませんでした。
また、僕は先輩とどうコミュニケーションをとっていいのかすらわからなくて一言も話すことができず、いつも頷くか首を横に振るだけの反応をしていました。
お荷物として所属していただけで、いつまで続けたのかすら覚えていません。
高校に入ると色気づいて硬式テニス部に入りましたが、やはり圧倒的にできないし、先輩とうまくコミュニケーションをとることができませんでした。
できなすぎてコートにも入れてもらえず、壁に向かって1人で打っていました。
さらに、優しそうな顔をした最後の砦だと思っていた先輩に「一緒にいると同族だと思われるから」と言われたり、同級生からも舐めた態度を取られまくり、まだ打たれ弱かった僕はもうこれはダメだと思い1年もせずに辞めてしまいました。
そこから僕は受験の道に進みました。
僕の入学した大学はトップTierではないもののそれに次ぐレイヤで評価が高かったため、それからははちやほやされることが増えました。
しかし、就職活動になると当時キラキラ輝いて見えた大手広告代理店や総合商社は部活経験者が優遇されるという事実に直面し、イラつきました。
僕が部活で報われなかった過去の経験や、受験という別の道で勝ち上がって見返したはずだという思いなどから、どうしても認めたくありませんでした。
それから時が経ち、僕は会社でマネジメントする立場になりました。
しかし、自分でもわかるくらいにヘタクソでした。
例えば、僕は部活で報われなかったことから部活っぽい関係値が嫌いで「人に上も下もなく人は平等だ」という考え方を持っていました。
この言葉は聞こえもよいし、正しいように思えます。
会社でも上下関係に厳しい上司は嫌いで、自分はその正反対の存在になってやろうと部下に甘く接していました。
ところが、それには何一つよい結果を生むことはありませんでした。
部下には舐められ、仕事は終わらず、自分が引き受けてばかりになりました。
自分が我慢すればよいと思っていましたが、家族ができると自分の犠牲は家族の犠牲なので、家族に迷惑をかけることになりました。
考え方が間違っていたことには途中で気づいたのですが、気づいた時にはもう身動きも取れず、最終的には上司にハメられてしまって潰れてしまって新天地に移ることにしました。

ほかにもたくさんあります。
謙遜は美徳だと思っていたのも間違っていたし、自分ができていないことを部下にやれと言うのはおこがましいというのも間違っていたし、指揮するだけで自分は手を動かさないのは申し訳ないからやるというのも間違っていました。
まだまだありますが、こういう一つ一つのことを大人になってから間違えながら学びました。
多分、まともに部活をやった人たちはこういうことがそもそも分かっているんだろうなと思いました。
部活経験者が重宝される理由もようやく納得できた気がしました。
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