中学校の同窓会に参加してきました

今年、二十数年ぶりに中学校の同窓会が開催されることになったと友達伝いに参加の事実を知り、参加することにしました。以下の記事にも書いたとおり、中学生の頃は僕の人生を通じて最もイケてない時期でした。全然よい思い出がありません。

そんな僕なのに、今回の同窓会は今年一番のイベントに考えていました。今回の同窓会は、僕自身を深く知る数少ないチャンスだと思ったからです。

まず、僕はいわゆる「大学デビュー」組なのですが、もともと所属していたレイヤーと大学以降のレイヤーの落差が激しすぎて、自分がよくわからないという状態に陥っています。あの何一つ平均にも到底届かない僕が、早稲田大学や公認会計士試験に合格して、理想の美人と付き合ったり結婚したり、子供をつくったり、億稼いだりするだなんて信じられないというか、デビューというより途中から別の人になってしまったのではないかという変わり様です。なぜあの頃はあれほど低位にいて、そしてなぜ今ここにいるのでしょうか。

また、当時僕はあんなに末端にいたにもかかわらず、同級生には「スクールカーストなんてないよ、話を盛りすぎだよ」と言われることもあり、それをとても悔しく思っています。あの時、僕は確かに仲間に入れてもらえなかったのに、一人で帰っていたのに、中高生時代の青春の重要な部分を体験することができなかったのに、その僕の苦しみ自体が認められないようで許せません。

あの時の僕が生きていた世界を、時点は違えど当時の参加者たちを通じて観察することで、何かが見えるのではないかと思い、この機会を逃すことはできまいと思っていました。

目次

先生との対話

当時の学年主任はY氏という女性教師で、当時から老人のイメージだったので、さすがにもう亡くなっているんじゃないかなと思っていたのですが、84歳でまだご存命で、今回の同窓会に参加されました。

Y氏について僕が覚えているのは、「大人の手のひら返し」です。彼女は現代国語の授業も担当していて、ある日「好きなもの」について作文を書くことになりました。僕はFINAL FANTASY VIIのリユニオンという曲が大好きでその素晴らしさについて長文を書いたのですが、全然まともなリアクションがもらえなくてショックを受けました。学年主任という立場は守備範囲が広いので当然なんでしょうけれども、よっぽど成績のよい生徒しか目に入っておらず、僕は認識すらされていないことには気づいていましたが、少しの興味も示さないことに傷ついていました。その後、紆余曲折ありましたが僕は最終的に早稲田大学と滑り止めに受けておいた青山学院大学に合格し、進学実績が芳しくないこの学校においてはよい成果を残すことができました。Y氏はちっとも僕のことなんて認識していなかったのに突然チヤホヤしてきて、怒りが頂点に達して無視したことを覚えています。

当時の話を聞いてみると、校長の無茶振りに苦しんだり、自分の職責を全うすることに必死だったりと、普通の人でしかなかったという印象でした。立場に対する畏怖と期待を僕が勝手に抱いていたという理解が正解なのだと思います。

あとは彼女が全校集会で死生観を語ったことについてタナトフォビアである僕はよく覚えていて、その話をしたらかなり盛り上がりました。感性が近いということは年齢や立場を超えて急激に接近するパワーを持っていて面白いと思いました。

S氏にも会いましたが、この前たくさん喋ったので、今回はほぼ会話せずでした。

一軍レイヤとの対話

理由はわかりませんが、当時の一軍メンバーは企画者や昇格者(ネイティヴな一軍ではない)を除いてほとんど参加していませんでした。

ネイティヴな一軍についてはA2君と浅い会話をしたのみですが、彼は誰かと勝負していたわけでもなんでもなくて、ただ普通に生きていたらイケてたという感じなんだろうなあという嫌味のなさでした。僕も別に「当時負けていた分、今で勝負してやろう」というような気で来ているわけではないので、「A2君はかっこよかったよねー、マジで憧れだった」みたいなことを言ったような気がします。

他のネイティヴな一軍は、ほとんどネイティヴ同士でしか会話していないように見えました。共通する思い出を持つもの同士で話すのが当然の流れではありますが、当時や現在の生態を知ることができなかったのは残念で、また別の機会に深く探ってみたいと思います。

三軍から見事に昇格していったA1君は小学校からの同級生で三軍同士だったときの思い出があるので三次会まで盛り上がりました。彼は医師として成功しており、学力面でも経済面でも水準が近似していそうなので今後も付き合いがありそうな予感がしています。彼が今度はテニス同好会の同窓会を企画するとのことなので、幽霊部員でしたが参加してみたいと思います。

その他レイヤとの対話

僕の中では当時は「誰ともうまく話せなかった」というコンプレックスが残っていたのですが、一軍以外との関係では相手はそうは感じていないようでした。これは僕がスクールカーストを過大に意識していたことを示すと考えられるかもしれませんが、僕の中での解釈は異なります。

勉強やスポーツなど、学校で行われるすべての物事においてまともな水準に達したことがない事実は、僕から完全に自信を奪いました。他の人たちから見れば見れば「そんなの誤差じゃん」とか、「そうだっけ?」という認識であったとしても、何もできない僕から見るとみんなは凄くて怖い存在だったのです。

結論

僕にははっきりと見えていた「スクールカースト」は、僕が当時無能すぎて社会参加できていなかったからこそ見えた「相対的な存在」なのだと思います。どういうことかというと、例えば僕には「高卒と大卒の壁」は全く見えません。就職活動で「アイツはゴールドマンサックスでこいつは電通」みたいな話はあれど、「Fランでも大卒であれば正社員になれる」という類の話は僕には関係ないし、僕の周りで観察することはないからです。つまり、上から見れば「よくわかんないけど大差ないっしょ」という程度にしか見えないということです。つまり、僕にはスクールカーストは明らかに存在していたと考えています。

ネイティブ一軍であれその他であれ、今初めて出会ったとすると普通の人にしか見えなさそうに思えるのは、中高生の頃の主要ステータスである「校内学力」、「運動能力」、「ヴィジュアル」において劣後していたからで、社会人の主要ステータスである「学歴・資格」、「キャリア」、「収入・資産」において優位にあるからなのだと思います。僕が中高生の頃と今で大きなギャップがあるのは、中高生と社会人の主要ステータスが異なっていて、前者を高めることがあまりにも苦手で、後者を高めることは得意だったというだけなのだと思います。

「中学生・高校生の頃にイケてた」ということは本当に尊いと思います。その後何十年経とうとも、その時に成し得なかったことをカバーできる日は来ません。僕は体験できなかった「そこでしか見れなかった景色」があったのだと思います。僕の子供も頑張ってほしいところです。

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