ついに40歳になってしまった件

今日で40歳になりました。「なってしまった」というのはポジティブに捉えていないからです。ジャネーの法則によれば40歳時点で体感時間ベースでは83%終了しているそうなので、いよいよ最期を考える時が来たような気がします。両親がまだ健在なので、まずは両親との別れを意識して、「親が作った家族ベースで」最期に1人1つずつ、実現可能性は一旦無視してやりたいことを叶えようという提案をしてみました。

僕の望みは「親が作った家族ベースで」の家族旅行かなと思います。昔は当たり前に感じていた心地よい時間をもう一度感じたいのです。親以外の誰も僕を守ってくれないということすら知らなかった幼少期に、当然の権利かのように親に甘えていたあの頃がとても懐かしいです。何も言わなくてもアレもコレも用意されていて、どこかに出かけるにも親の運転の車に乗ってウトウトして、家では気の向くままにダラダラしていた、当時は永遠に続くかと思っていた、ただ何となく過ごしていた毎日が愛おしすぎてなりません。実家を巣立ってからはずっと打ちひしがれてツラいことばかりだったけれども、擦り減ってはまた強くなって、今では親にモノやお金をあげたりすることもできるようになりました。でも、あと1日だけでも、もう一度あの頃を思い出して全面的に甘えてみたいなという願望があります。

もちろんこれは、「親が作った家族ベースで」の話です。「僕が作った家族ベースで」や「僕個人の人生ベースで」はまだまだ使命があります。


毎年誕生日は感慨深いもので、産んで育ててもらった感謝を感じたり、残りの人生の少なさに嘆き、感傷的になったりします。こんな日にメッセージを送ってくれる人の事はすぐに好きになってしまいます。

僕は家族以外の他人の誕生日を祝うことがほとんどないので、僕の誕生日も祝われることはほとんどありません。それは、おそらく他人を大切に思う気持ちが欠損していることと、なんだか自分の誕生日を祝ってもらいたいがために他人の誕生日にメッセージを送ることを選択しているのではないかという発想に支配されているためで、全く正しくない行動を取っているのだと思います。

逆に最近知り合って気を遣ってくれる人がメッセージをもらうことがありますが、これまでの人生で交流した人からメッセージをもらうことはほぼありません。ところが、今年は監査法人時代の同僚のF氏からメッセージを貰いました。

F氏は年齢は先輩ですが、前職が長かった転職組なので職場では後輩でした。頭がいいけれども言動が率直なので、大企業においては評価されないタイプでした。当時僕がインチャージだったチームのマネジャによるF氏の年次評価がとても悪く、それを率直に伝えたときから突然仲良くなりました。

僕は「オブラートに包む」とか、「外見や態度を重視する」とか「上司がすべて部下に勝っているように振舞う」とかが大嫌いで、率直に「できるのかできないのか」、「できればあとはなんでもいい」、「できないときは部下だろうが何だろうが助けてもらう」というようなシンプルな発想をするタイプで、そこがマッチしたのだと思います。

F氏は想像以上に僕に感謝してくれていたようで、僕が退職するときに5万円くらいする財布を個人でプレゼントしてくれたり、夜遊びを朝までやって10万円以上使ってくれたりして、残業が多い公認会計士という立場をもってしても決して他人に使える金額ではありません。重要なことは金額ではないのだけれど、思いの強さを金額を含めて表現してくれたことで、これほどまでだったのかと思わされたところがありました。

そんなF氏には今年久しぶりに会いました。僕は監査法人を辞めた頃にLINEのアカウントを喪失してしまって、ほとんどの人と連絡がつかなくなってしまったのですが、別の後輩経由でF氏に連絡がついて、5年ぶりくらいに再会することになりました。

F氏はお母さん思いの人だったので、彼のお母さんに手土産を持っていきました。何件もハシゴしてかなり飲みました。僕は精神的にやられていたので当時のことをもうほとんど覚えていませんが、彼はよく覚えていて驚きました。そして、最後に抱き合い、また一緒に仕事をしようと話をして解散しました。

僕は自然に振る舞って残っている繋がりこそが縁だと思っているので、僕の数少ない縁が残るとよいなと思っています。

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