激務だと未来に向かって望まぬタイムトラベルをしてしまう

僕は25歳くらいから35歳くらいまでの記憶が全然ありません。ちょうどその期間は監査法人で働いていた期間に該たります。

当時を一言でいえば、生活のほとんどが仕事でした。期末監査の時期は朝まで働くことや20連勤などは珍しくありませんでした。なお、期ズレ決算のクライアントがたくさんあって、1, 2, 3, 4, 5, 8, 9, 12月決算を担当していたので、一年中忙しかったです。長期休暇は一度も取得できませんでした。

この頃は会社で昇進できないとマズいと思っていたので、よく上司が言っていた「サラリーマンですから」という言葉を僕もそのまま使って、無茶なアサインやサービス残業などの不利な要求をすべて受けて入れていました。

ところが、ふたを開けてみると僕はマネジャ昇格手前で最短昇進ルートから脱線してしまい、なんでも受け入れていた上司も昇進コースから外れていました。

そう、自分を犠牲にしてきた先には何もありませんでした。ただ会社に都合よく使われただけでした。おそらく不利な要求をすべて突っぱねていたとしても、得られた経験値すらほとんど変わらないと思います。つまり、ただ損してしまった可能性が高い気がします。

そして、気づいたらもう30代後半になっていました。いつのまにか「おっさん」になってしまっていました。

40歳になった今、25歳から35歳の「お兄さん」として生きる期間を捨てた深刻な影響を感じています。もう何か新しいことを始めても、コミュニティに所属しても、おしゃれをしても、すべて「おっさん」として受け入れられてしまうのです。もちろんいずれにせよ「おっさん」にはなるのですが、10年飛ばしておっさんになってしまい、周囲のリアクションに心がついていけないのです。

監査法人では数年で年収1,000万円以上に到達し、経済的には世の一般的な水準よりも稼げていましたが、労働量が異常でした。つまり、「お金持ち」ではありましたが、「時間持ち」ではありませんでした。「お金」と「時間」の2つを両立して持っていなければ、豊かではありません。

「時間」はないがしろにされがちですが、「お金」こそ手段であって、「時間」が命そのものであり、本質なのです。そして、「今」こそが人生において最も若い時間であり最も価値があります。常に強烈な仕事のプレッシャーに悩まされ、自分の時間なんてほとんどない中では、そんなことにすら気づくことができませんでした。

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