僕は一般的な人よりも対峙した問題の数は圧倒的に多かったのではないかと思います。何をやってもダメだった僕が、今では年間1億円近く稼げるようになりました。非常に不利な状況からここまで持ってきたノウハウを公開したいと思います。この記事はこのブログが続く限り更新し続けたいと思います。
人生全般
待っていても「白馬の王子様」は一生来ない
家族や友人は、本人に対して「そのうちできるようになるよ」だとか「大器晩成」だとか言います。少年期においては、言葉を額面通りに受け取ってしまったり、不思議と自分は特別な存在なような気がしていて、すっかり僕もそうなんだと思い込んでいました。しかし、これはただの「慰め」や「励まし」でしかないのでした。逆に認識を歪ませる迷惑なノイズだったのです。
考えてみれば、今結果が出ているかどうかは別にして、将来に向けて何をしているわけでもない人が「晩成」するほうが不自然だと思いませんか。何もしなければ、何者にもなれないまま終わるだけです。
どんなに待っていても「白馬の王子様」はやってきません。シンデレラの男版のような異世界転生系のアニメに憧れてしまいがちですが、「願望」と「現実」は切り分けて考えるべきです。
「根性論」は「持たざる者」に与えらえた唯一の武器
世の中では「親の年収で学力や進学率が変わる」、「実家の経済力で経験値が変わる」、「家庭環境でメンタルが決まる」などと言われいています。実際にそういう傾向があるのかもしれませんが、「だったらなんなの?」という話です。持たざる者は、何がどうあれ、弱い手札で戦うしかありません。弱い手札でも絶対に勝つという覚悟が必要なだけです。ほとんどの人はそれを考えないからそういう傾向になるだけです。この考え方に気付くことにより、母集団の中で異質な存在となり、傾向なんて関係なくなります。
何をやるにしても、量をこなすことで質が生まれます。何者かになれた人はみんな口をそろえてこう言います。何かのプロになるには1万時間の学習が必要になるという「1万時間の法則」というものもあります。僕の経験則としても、大抵のことは1万時間もやればできるようになってしまいます。「お金」や「才能」は持っていなくても、「時間」は持っているのだから、それをbetするのは至極真っ当でしょう。
「そんなものは嘘だ」とか「生存者バイアスだ」とか、吐き捨てるのは簡単です。しかしよく考えてみてください。持たざる者が救われる可能性を感じられる道なんてこれくらいしかありません。自分の人生に絶望するのは、試しに1万時間取り組んだ後にしたらいいのです。ここで「根性論」を使えば、機械的に量を稼げます。「僕は元が馬鹿だから」とか「塾に通わせてもらえなかったから」とか、余計なことは一切考えず、ただやり続けるのです。ほとんどの人が1時間しかやらないところを10時間やるのです。ほとんどの人が1日しか続かないところを、1年続けるのです。時間だけは平等なので、圧倒的な物量で押し切るのです。
Get Rich or Die Tryin’
これは僕の一番好きな言葉です。50centのアルバム名で、意訳すると「稼ぐか、やりながら死ぬか」です。これこそが持たざる者の戦い方です。
人生長くて100年だったとしても、宇宙の歴史を考えると、自分が生きている時間は相対的に「瞬間」でしかありません。もし、死んだ後に1億年経っても100兆年経っても覚めない無限の時間が待っているのだとしたら、自分の手札がどんなに悪かったとしても、「たった100年という瞬間」くらい全力で駆け抜けてみてもいいのではないでしょうか。もし生まれ変わりがないのだとしたら、本当に一瞬のことでしかありません。
死んだら全部なくなるから意味ないじゃないかと思うかもしれません。歴史に名を遺したところで、いずれ地球ごとなくなるので長期的には何も残りません。しかし、記録にも記憶にも残らなかったら無かったことになるかといえば、決してそうではありません。ただ幸せに過ごすことができたという事実を、その瞬間ごとに感じればよいのです。持たざる者として生まれたのなら、持つために行動し続け、たとえダメだったとしても前に倒れましょう。僕たちの人生は、とてもHiphopでドラマティックで素敵なものなのです。
「自責思考」と成長
僕は、病気・事件・事故を除いて、自分に起きた悪いことはすべて自分の責任で、自分に起きたすべてのよいことは他人のお陰か運が良かったからだと考えています。考えているというか、無理やり考えるようにクセをつけて、それが当たり前となったという感じです。「自責思考」になると成果が出せるように成長することができ、反対に「他責思考」になると停滞するからです。成果が出せるということは重要です。「友達ができること」、「異性からモテること」、「お金を稼ぐこと」、などすべてに通じるからです。みんな最初は他責思考から始まりますが、大人になる過程で自責思考に転換できる人とできない人がいます。自責思考に転換するタイミングが若ければ若いほど優秀で特別な人になることができます。反対に、ずっと他責思考で生きている人は、大人になっても老人になってもずっと能力が低いままです。そして、そういう人が社会にはびっくりするほどいっぱいいます。
なぜ「自責思考」は成長できるかについて例題で考えてみましょう。
- A君は塾のスケジュールの管理をお母さんに任せています。
お母さんに今日は「理科」と言われたので、理科の教科書を持っていったら、今日は「社会」の授業でした。
その結果、A君はみんなの前で恥をかいてしまいました。
自責思考に基づけば、A君はどう考えるべきでしょうか。 -
自分の塾の予定はそもそもA君が自ら管理すべきでした。
スケジュールという根本的な情報にすら関心がないのであれば、通常受験に成功することはありえないので、塾に通っている意義すら疑問が生じます。
また、誰かに任せるとしても、その結果を評価してリスクを下げるか、そのまま依拠して間違っていたとしてもそれを看過するかの判断は依頼者側の責任です。 - B君は文化祭の実行委員です。
クラスの出し物として、アイドルにコスプレしてダンスを披露することに決まりました。
B君が主体となって昼夜練習を続け、大会で優勝できるほどの仕上がりになりました。
ところが発表当日にC君に依頼して発注したはずの衣装が発注できていなかったことが判明し、制服で踊ることになってしまいました。
出し物の人気投票でも最下位となり、C君は責め立てられ、雰囲気が悪くなって予定していた打ち上げも中止となりました。
自責思考に基づけば、B君はどう考えるべきでしょうか。 -
衣装という重要な要素について、当日まで確認を行わないなんて通常ありえません。
コミュニケーションがよっぽどヘタクソでもせめてサイズ間違いです。
納品されなかったとなると、本当に何も管理していなかったということになります。
B君が練習の中心人物になったという貢献があることで感情的にはB君は悪くないと流される人も出てきそうではありますが、それとこれとは話は別です。
B君はプロジェクトマネジャーとして任命されたのであれば、管理責任を全うする必要がありました。
自責思考のもとでは、目的を達成することに意識が集中し、他人や状況をどう動かすかを考えるようになります。自責思考を続けていると、思考が成長し、物事が成功しやすくなります。
「仮説思考」と成果
自責思考を積み重ねていると、他人や状況が動くパターンが見えてくるので、物事が起こる前から最終的にどうなるかがわかるようになってきます。つまり、未来が見えるようになってくるのです。
未来が見えるようになると「仮説思考」ができるようになります。仮説思考とは簡単に言えば「現状とこの先の状況を踏まえるとこうなるはずなので、こういう選択を取るべきだ」という考え方で、コンサルティングファームではできて当然とされています。とりあえずやってみるというのと、シナリオをもってやるというのはかかる時間も正解にたどり着く精度も、ものすごい差が出ます。
仮説思考ができるようになると、短時間で正解を掴み取ることができるようになります。これは経営者やコンサルタントには必須のスキルなので、一生サラリーマンとして社会の奴隷になるのが嫌だと思うのであれば身に着けるべきスキルだと思います。
勉強
最低でもMARCHに入る
社会を渡り歩いて思ったのが、同じ職場・職種でMARCHより下にあまり出会わないということです。主に「学歴フィルター」による影響だと思いますが、それは趣味の悪い差別ではなく「学歴≒社会における能力」と考えられるからです。例えば、監査法人は景気が悪くなければ学歴不問ですが、やっぱりMARCHより下はほとんどいません。特別な能力がなくて「学」すらなければ、単純労働者になる確率がぐんと上がるので、MARCHには入っておくべきだと思います。
職能を身に着ける
ふんわり単位を取って大学を卒業すると、何者にもなれません。ほとんどの人は何者にもなれぬまま就職活動を迎え、総合職という何者でもない人として暮らしていくことになります。高学歴であってもこの現実から逃れることは出来ません。卒業と共に有象無象と合流することになります。
本来は、自分自身を「会社」や「商品」のように考え、自分の「機能」や「優位性」は何なのかを明確にする必要があります。会社の中で必要とされる機能を発揮できる能力を具体的に身に着けることが重要です。必要性が高いにもかかわらず、それができる人が少ないと価値が高まります。具体的には必要とされる能力が高いとか、ニッチで有識者が少ないとかということです。何も思い浮かばなかったら、司法試験や公認会計士試験やCFA試験などを受ければよいと思います。
仕事
儲かっている業界に行く
どれくらい稼げるかは、個人の能力よりもよっぽど業界の収益力に左右されます。もちろん能力を高めるのは当然です。
職能を磨く
単純作業はできるだけ避けて、経験値を稼ぐことを重視します。実務と理論の両輪で能力は高まっていくので、実務のみならず、読書や資格取得も並行して行っていくとよいでしょう。まずはわかりやすく何ができるかを見せるべきで、明確に職能に紐づく能力を開発した方がよいです。
スペシャリストでジェネラリストになる
スペシャリストかつジェネラリストだと、高単価を取りながら仕事の幅が広がるのでオススメです。

ラットレースを抜け出す
国家(運営)として生成すべき労働者のモデルは「労働を通じてお金を稼得するが、目先のお金しか得られないので、ほとんど使い果たしてしまって常に経済的に不安を抱えているため、多少の無理を言われても要求に応えて働く人」です。税・社保を調整してほとんどの労働者をこの奴隷枠に落とし込むことに成功しています。こうすれば延々と労働者を働かせることができ、そこから何割か搾取することで運営は生きていけます。一流大学を卒業するのも、優秀なキャリアを積み上げるのも、あくまでも手段です。最終的にはそれらを換金して、奴隷収容所から抜け出すことが重要なのです。
恋愛
「美人」から順に狙う
自分が釣り合うかどうかとか、相手の需要がものすごく高いとか、一切関係がありません。価値を最も感じる相手と付き合わなければ意味がありません。自分がこんなレベルだから相手はこれくらいのレベルがちょうどいいだろうと勝手に思い込んでも、同等レベル認定された相手であれば簡単に攻略できるわけでもないし、攻略しても効用が低いので無駄な行動となります。
臆することなく攻める
振られることが怖いとか恥をかきたくないとか思うのであれば、行動を機械化すればよいだけです。機械的に出会いの場に参加し、アリナシの選別をして、アリの中で上から攻めて、連絡先を聞き出し、ナシには声をかけず、アリに振られても定期的に四半期に一度誘ってみる、というような種まきをしていれば、成功はただの確率論です。
社会に出る前にたくさん経験しておく
恋愛経験が少ないと、社会に出てからひどく拗らせる可能性があります。これは極端かもしれませんが、よく覚えている事例なので紹介させてください。とある先輩は学生時代全くモテず、何ら経験のないまま公認会計士試験に取り組み、社会人になってすぐに結婚しました。彼は出張で飛田新地に行ったときに性欲に火が付き、「こんないい女抱いたことねえ!」と終始興奮気味でした。それから彼は大阪出張を主体的に選択するようになり、最終的にはペットのシーツを敷いて自分の肛門を弄ばれる遊びにハマってしまいました。彼の帰りを家で待つ妻子は出張先でそんな変態行為が行われていることを予想だにしないでしょう。何とも言えない、居たたまれない気持ちになりました。
物事には「適時性」があります。人生、後になったらできないことばかりです。「いつから始めても遅くない」という願望論のような言葉が当てはまるケースは、人生の中でほんのわずかです。その時々に同年代とちゃんと交際しておくことが重要です。
どうしてもビビってしまうなら夜のお店で鍛える
女性経験が少ないと女性とうまくコミュニケーションがとれないことがあります。超美人であればなおさらですが、そうであっても複数人経験すると全く動じなくなります。ウブすぎてチャンスロスが目立つのであれば、いっそのこと夜の店で慣らしておくのも手です。ただし、外国人の流入増加に伴って梅毒やHIVなどの性病の増加が顕著であるため、以前に比べてはとりにくくなった選択肢だと思います。性病は特に気を付けるべきで、HPVを無症状だからと舐めていて家庭に持ち込んだりすると奥さんを間接的に死に至らしめる可能性があります。
結婚
「一目惚れ」した人を選ぶ
不倫や離婚が増えていると言いますが、わざわざ結婚するのにそんな面倒なことをするのを前提にするのは馬鹿馬鹿しいです。どんな高嶺の花であれ性の対象としてはすぐに飽きるのですが、「大恋愛」をして結婚すると相手に価値を感じ続けることができ、夫婦の関係性も長続きすると思います。
「労働経験者」を選ぶ
社会人経験者を相手に選ぶことで、社会人として活動する自分の金銭感覚やライフスタイルを理解してもらえる確率が高まります。具体的には、一般企業の正社員や個人事業主・経営者(1代目)を5年以上経験した人が望ましいかと思います。「5年以上」としたのは、5年存続するためには自分の立場を守るための立ち回りが必要になるので、舐めた態度で適当な対応をしていない可能性が高い、つまり社会で生きていくために必要な行動を理解している可能性が高いからです。お金を生み出すしんどさや、組織で生き残るために自分がどう犠牲にするのかを知らない人と結婚してしまうと、安易に資産を溶かされたり、残業や休日出勤などが理解されなかったりする可能性が高まります。
「結婚」して「子供」も作る
子供を作ることは論理的にも生物としても合理的です。作れるのであれば作っておくべきだと思います。
まずは論理的に考えてみましょう。子供に価値がないと思うのであれば、親から見た自分も子供であり、同じように価値がないはずです。それにもかかわらず自分は生きる選択をしているのですから、自分の人生に価値があると思っているのです。そのため、子供に価値がないという考えは論理的に破綻しているのです。
次に、生物としては繁殖することが目的です。三大欲求(食欲、性欲、睡眠欲)の頂点は性欲で、他の2つは生命維持です。生物は繁殖することを目的として活動しています。子供を作らなければ自分の系統はそこで断絶されます。先祖代々、脈々と受け継がれてきた命のバトンが消え去ります。そしてそれは、生物として絶滅することを選択したということになります。僕の経験則ですが、周囲を見ていると繁殖不能年齢になってから子供を作らなかったことで苦しんでいる人は少なくないように見えます。生物の本能として組み込まれていることを達成しなければ苦しむように作られていて当然な気がしますよね。
最近では経済的不安を煽るなどして、軽々しく「子供を産まない選択」なんて論調を振りかざす人も増えていますが、安易に飛びつくことなく、自分の頭でよく考えて判断した方が良いかと思います。
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