「今」を生きなければいけないという話

僕はもうすぐ40歳になります。クレヨンしんちゃんの連載が開始された年には野原しんのすけが同年齢だったのに、野原ひろしはとっくに年下で、野原せましが同年齢になります。僕が40歳になる日がくるなんて、全く想像できなかったし、受け入れられていません。そもそも30歳になったことも未だに受け入れられていません。ただ忙殺される日々の中で、現実として受け取っていたらしいというような程度の認識です。自分が30歳になること、そしてそこからどうしていくべきかについて深く考えないままに10年くらい経ってしまったのです。40歳を迎えるにあたって、今回は現実と向き合って僕はここからどうするべきかをよく考えたいと思います。

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迫りくる終末

メディアで見かける芸能人も年下ばかりになりました。子供の頃にオリンピック選手を見ていて「大人になったらすごいんだなあ」と思っていましたが、僕も周りも誰もそんな大人にはなれませんでした。気持ちは全然18歳の頃と変わらないのに、体力の低下や若者との感性の違いに、自分のズレを確かに感じます。そしてもう生命としての終わりがそこまで遠くなく近づいてきていることを感じ始めています。親の終わりはもうすぐそこまで来ていて、自分の終わりもそこからせいぜい二回り程度です。見たくない現実ではありながら、見えているからこそ最近は親孝行を急いでいるし、僕も「今」を生きなければならないと感じる気持ちが強くなってきています。

未来のために生きること

僕は大学生の頃は5割くらい、社会人になってからは8割くらい、「未来」に注力して生きてきました。僕は経済的自由になることを目標としてきました。みんなが普通にやってのけている(ように見える)学校や社会でみんなと足並みを揃えて生きるということができないから、僕らしく自由に過ごせる未来の実現を目指したのです。やっていたことは主に勉強で、幅広くかつ深度のある資格を複数取得しました。勉強で得た知識をもとに圧倒的に儲けることに集中した戦略を採った結果、まだFIREまでは至らないものの、ゆるく働きながら人生を送ることができるところまではたどり着きました。過去の自分を否定する気はなく、僕に配られたカードで戦うにはベストに近い戦いができてきたと思っています。

未来の準備は求めれば際限ありません。1億円じゃ明らかに不十分だし、5億円でも足りないかもしれません。
さらに、地位財を集め始めればどんどん目標が高くなっていってしまいます。しかし、あの世には何一つ持っていけません。ため込むことに集中して使わないで終わったとすると、得なかったことと実質は同じです。つまり、何かを獲得すること以上に、それを使い倒して幸せを吸い出すということが重要なのです。ですから、未来の準備にもどこかで折り合いをつける必要があります。

今しかできない重要なこと

僕が監査法人に在籍していたとき、何人もの「青春を経験することなく激務サラリーマンになってしまった人の発狂」を見て、今を生きることの大切さを何度も嚙み締めました。

僕より3年先に入社した真面目だけれども不器用な女性の先輩がいました。
彼女は認められたいという気持ちがとても強くて、自分はMARCHの某大学で首席だったとか、海外に一人で行ってパラシュートをやってきたとか、チームでランチに行くたびにずっと自分の話をしていました。
お世辞にも美人とは言えない容姿なこともあって下心で持ち上げる人もおらず、それほど凄くもないし面白くもない話にみんな辟易していたのですが、いつも彼女は凄いと言われたい感情が剥き出しだったので、大人の対応をしてあげるメンバーは少なくありませんでした。

一方で彼女は仕事の能力があまり高くなかったため、期末監査の時期を迎えるとすぐにテンパって感情を出してしまうところもあって、余計にpoorな印象が強かったです(女性が働ける環境じゃなかったというところが一番の問題だったと思いますが)。

僕は彼女のことを良くは思っていませんでしたが、同じチームになることが多かったのでそれなりに心の距離は縮んでいたように感じます。彼女が僕に心を開いていく過程で垣間見えた後悔が「青春を経験したことがない」ということでした。彼女は大学時代をまるまる公認会計士試験に捧げ、新卒から監査法人という激務の環境で過ごしてきました。家族の期待に応えるため、ずっといい子でいようと思って頑張ってきたそうです。その結果、そこそこ手堅い結果にはなったものの、自分自身としての理想像とのギャップに苦しむことになってしまったのです。彼女の心の奥底からあふれ出た悲鳴が凄く新鮮で、僕の記憶に今でも強く残っています。

年を取ってから数千万円使って20歳のキャバ嬢に入れ込んでも、自分が20歳の頃に同年代と恋愛した経験を再現することはできません。年を取ってから急に学歴が欲しくなって有名大に通い始めても、大学から得られる経験のほとんどすべてであるキャンパスのカルチャーは得られません。年を取ってから子供が欲しくなっても、出産することはできません。このように、人生には「今」しかできない重要なことがたくさんあるのです。

未来のために生きるということはアリとキリギリスでいえばアリの行動なので、絶対的に偉いことのように感じられますが、決してそれだけではないのです。

僕はどうなのか

僕の人生でかつてハッキリと「今」を生きていたのは、大学生の頃です。僕は当時流行っていたNANAでいうところのハチ子でした。田舎から出てきて都会の喧騒の中で何度も運命的な出会いを果たしながら、かつての自分がいた世界とは大きく違うところにたどり着くという展開が待っていました。きっと僕の人生で後にも先にもこんなに「調子に乗っていた」時期はないと思います。この経験は僕の人生のものすごい財産です。

一方で失敗だったと思うのは、社会人になってからは社畜になりすぎたということです。26歳から37歳くらいまでの間は特にひどかったです。休日返上や終電帰宅は当たり前で、いつの間にか朝まで働くのも当たり前になっていました。たった年収1,000万円そこらのために犠牲にしたものが多すぎました。

監査法人勤務者の不安要素としては以下のような項目が挙げられます。

  • 仕事がつまらないと感じる人が圧倒的多数派
  • 入社当時から激務で、どこまで昇進してもずっと激務
  • 激務ゆえの健康不安、たまに亡くなる人も
  • 昇進が社内政治に支配されていてモチベーションを保てない
  • 不当な人事で優秀な人がどんどん辞めていって仕事量は増える一方
  • 会計士の収入はアップサイドが限定的でFIREはできない
  • 監査はニッチで汎用性がない業務なので転職も不安

詳細は以下の記事に記載しました。

この生活をずっと続けることでどこかで歪みが爆発することは明らかだったので、間も寝る間を惜しんでファイナンス、IT、統計学などの資格取得を進めました。

そんな毎日ではありましたが、理想の人を探して結婚したり、子供を作ったりと、絶対に果たしたいと思っていたことは最低限果たしました。入籍の日も残業していてチームメンバーに謝りながら現場を抜けてなんとか区役所に行ったし、子供はいつの間にか大きくなっていて成長の過程のイベントもあまりよく覚えていませんが。

結局、この10年くらいの間は空白が多い期間になっています。この期間があったからこそ今があることは間違いないのですが、確実にもっと良い身のこなし方があったか思います。

僕が無理をすることは、「同僚に搾取され、自分の家族に迷惑をかけてしまった」だけに過ぎませんでした。当時は「僕が苦しめば済む話だ」という自己犠牲を甘受しているように思っていましたが、僕の家族は僕の苦しみに苦しんだり、僕と過ごせるはずだった時間を過ごせなかったりと、迷惑をかけられています。会社に家族を売っていたということになりますが、そう考えるとなんか悔しいですよね。これはまた別の記事で書こうと思いますが、生活を人質に取られているが故の不安もあって、安易に搾取に迎合してしまいました。

過ぎ去った日々はもう戻らないので、これからを大切にしたいと思います。どう「今」を生きるか、ここから1か月くらいでよく検討してみたいと思います。

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